ひろしま鹿児島県人会青年部長のYUKIです。このお盆は鹿児島に帰省できず、広島で過ごしておりました。
このたびの令和7年8月6日からの低気圧と前線による大雨により被災された皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。
突然ですが、皆さんにとって、故郷の味とはどんな存在ですか? 帰省した時、ふと口にした瞬間に子どもの頃の記憶が蘇る、そんな思い出の味がある人も多いのではないでしょうか。。
私にとって、その特別な味のひとつであるのは、お盆になると食卓に必ず並ぶ”薩摩の煮しめ”です。
お盆の「儀式」
私の家系では、お盆になると、親戚が祖父母の家に集まって、それはそれは賑やかな一日を過ごしていました。
朝一番にお墓参りを済ませて家に帰ると、食卓には所狭しとご馳走が並んでいます。色鮮やかな唐揚げ、食欲をそそる揚げ物、そして鹿児島あるあるの甘い卵焼き…。その中でも一際存在感を放っていたのが、朝早くから作ってくれた、大きな大皿に盛られた「薩摩の煮しめ」でした。
正直に告白します。子どもの頃は、この煮しめが大の苦手でした。
今となっては、「なんてもったいないことを…」と思うのですが、当時の私の目には、煮しめはただの「地味な煮物」にしか映らなかったのです。キラキラと輝く「主役級」の揚げ物たちの中で、地味な脇役のように見えました。
でも、私の家は、食べ物を残すことに非常に厳しい家庭でした。「丹精込めて作ったものだから、残したらバチが当たる」と、祖母にいつも言われていました。特に、祖母、母と心を込めて作ってくれた煮しめだけは、残すわけにはいかない。
そして、私は、好きな食べ物は最後に食べる派なのです。
苦手なものを一番最初に片付ける。そうすれば、あとは心置きなく、大好きな唐揚げや揚げ物、甘い卵焼きを心ゆくまで堪能できる。まるで宿題を最初に終わらせて、あとは思う存分遊ぶか如し。(実際、宿題は最終日にまとめてましたが)
私は黙々と煮しめを平らげていました。その姿は、まるで「早くこの儀式を終わらせて、ご馳走をたらふく食べたい!」と全身で訴えているかのようだったかもしれません。
当たり前じゃなくなった「故郷の味」
大人になり、実家を離れて広島で暮らすようになってから、私は煮しめを食べる機会がほとんどなくなりました。
先日、実家から煮しめが届き、晩ごはんで食すことに。
一口食べた瞬間、子どもの頃の記憶が一気に蘇ってきました。口の中に広がる甘くて優しい味。
それは、まさしくあの頃、苦手だと思っていた味そのものでした。だがしかし、大人になると味覚に変化があるものです。最近では不思議と「美味しい」と感じます。
あの頃は気づかなかった、この煮しめを通しての愛情。
こんにゃくやたけのこ、人参、ごぼう、鶏肉などの野菜、肉を一つ一つ丁寧に面取りする、気の遠くなるような手間と時間がかかっています。
子どもの頃はただの「地味な煮物」だと思っていたけれど、そこには、家族への深い愛情と、時間を惜しまない真心が込められていたのです。
煮しめを一口食べるごとに、あの日の光景が鮮明に脳裏に焼きついては、まるで走馬灯のように駆け巡っていくかのようです。
「お盆の日は、残さず食べないとバチが当たるよ」
そんな祖母の声が、今にも聞こえてくるようでした。
いつまでこの味を食べられるだろうか
今、煮しめをゆっくりと味わいながら、ふと、そんなことを考えてしまいました。
お盆に帰省すれば当たり前のように出てくるこの味。
けれど、いつまでこの味を食べられるだろうか、と。
母も、いつまでも元気でいるわけではない。
そして、私もいつまでも若くはない。そんなことを考えると、少し寂しい気持ちになりました。
故郷の味を通して、当たり前が当たり前ではないということに気付かされました。
いつもと同じ味なのに、感じる重みが違う。
それは、郷土の料理が、家族の歴史であり、故郷の記憶であり、子どもたちに伝える。そして温かい愛情そのものだからでしょう。
薩摩の煮しめは、私にとって、ただの郷土料理ではありません。
それは、家族の絆であり、故郷を思い出す大切な道標です。
ひろしま鹿児島県人会では、これからも様々なイベントを通して、鹿児島の魅力や故郷の温かさを発信していきたいと思います。
ふとお盆最終日で浸ってしまい、焼酎片手に記事を書きましたが、皆さんの故郷の味は何ですか? ぜひコメントで教えてください!
そろそろ2杯目を作るので、ひとまずこの辺りで締めに。ではでは!