おやっとさ!青年部長のYUKIです。
この度、衝撃が走るニュースが飛び込んでまいりました。
ひろしま鹿児島県人会の大切な仲間であり、私にとって兄者のような存在である 石井晋太郎さん が、9月中旬をもって広島を旅立たれることになりました。という事で、奄美でのご活躍を前にご紹介します。。
— 奄美シマ唄の唄者・石井晋太郎
広島のまちに、奄美の風を運ぶ若き唄者こと石井晋太郎さん。イベント告知やSNSのプロフィールなどでは「愛媛出身・広島在住」と紹介されてきた人で、三味線(沖縄では三線)を携え、奄美の言葉と節を丁寧に紡ぐ。耳に心地よい裏声の抜き差しと、たおやかな撥さばき。広島と奄美を往還しながら、唄で土地と人を結ぶ”橋渡し役”である。
石井さんが奄美シマ唄に出会ったのは二十代後半。独学で研鑽を重ね、2018年には奄美民謡大賞大会の本選に出場している。石井さんはその本選の場を経て、活動の円を一段と広げていく。
本選出場後、彼は奄美市名瀬の「島唄長雲会」に参加。唄は中田和子さん、三味線は林康雄さんに師事し、基礎から型、言葉の置き方、息の配り方までを徹底して学んできた。長雲会は地域の福祉施設慰問や市民文化祭への参加など、地に足のついた文化活動で知られる団体であり、講師・中田さん、会員で三味線担当の林さんの名は奄美の地元紙・奄美新聞にも記されている。石井さんが一流の実践の現場で腕を磨いてきたことが分かる。
ということから石井さんの唄の軸にあるのが「カサン唄」だ。カサン唄とは、奄美大島の北部(笠利方面)に伝わる歌い回しの総称で、声の抜きや節づかい、間合いに独特の風合いがある。同じ曲名でも中部・南部の歌い方とは微妙に趣が異なるとのこと。こうした地域性の違いは奄美シマ唄の魅力の核心であり、石井さんはそのカサンの声を体得するため、奄美に通い、唄のルーツに直接触れ続けてきた。
広島を拠点にしていた時期には、まちのカフェやゲストハウス、県人会の集いなどで精力的に演奏。空間に伸びやかに響く声を記したSNSや、県人会行事での投稿からも、その活動の確かさがうかがえる。唄の場を通じて、島ことばの解説なども交えながら、奄美文化の「入口」をやさしく広げてきた。
そして近年、動きはさらに大きくなる。2025年夏、報告によれば、石井さんは奄美大島への移住を決断。これまで「通う」ことで積み上げてきた学びを、島に暮らしながら深め、現地からの発信に踏み出そうとしているという。三味線を片手に、歌の現場に身を置きながら、島の自然・歴史・人の営みを伝える活動は、まさに「島を歌でアピールする」挑戦の第二章だ。
評価や肩書きよりも、まずは歌そのものを大切にする。そんな姿勢は、師と仲間に囲まれた長雲会での鍛錬や、地域の小さな演奏会での丁寧な対話に表れている。カサン唄の細部に宿る息遣い、言葉の抑揚、拍の揺らぎ。彼が追いかけるのは、録音や譜面には写りきらない“土地の温度”だ。瀬戸内の港町・広島で育んだ目線は、奄美の島ぐらしを学ぶほどに立体感を増し、唄の奥行きを深めていくはずだ。
石井晋太郎さんは、私たち県人会にとっても心強い存在である。鹿児島・奄美の文化を「演奏」という形で可視化し、聴き手の暮らしの場所へ運んでくれる。愛媛—広島—奄美という個人的な移動史を背負った唄は、地域の境界をやわらかく越境し、集いの空気をやさしく変えていく。次に彼の唄が広島に戻ってくるとき、私たちはまた一人、島のファンを増やす夜に立ち会うことだろう。
晋太郎さん、ほんならね!